月の裏側

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シュガーポットは壊れない(百合漫画感想)

 好きな百合漫画シリーズ感想兼紹介の番外編であり第一回です。今回はふたりべやなどで有名な雪子先生の短編集『猫とシュガーポット』から「シュガーポットは壊れない」です。短編であり、あらすじを紹介する以上作品のネタバレを含みます、ご了承ください。

 

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出典:

https://twitter.com/aoiyukiko/status/1341582794288349184?s=20

 

 本作品はSM百合、その時点でビビッと来た人は買って欲しいんですが、私が今回ブログの題材にあげた理由は別にあります(SMという題材は元から好きですが)。この話ではSMという性癖の中での嗜好の違いから関係に悩むということがあるのですが、これは性癖だけでなく人とのお付き合いに共通することじゃないかなと思うのです。

 

あらすじ

 このお話はMの女性である及川糖香が顔が好みという理由で付き合い始めたノーマルの女性にフラれたとこをから始まります。その後同じ趣味の人が集まるバーで職場の上司の浅野蝶子と偶然出会い、前から見た目がタイプだと思っていた蝶子がSであることを知り即告白。Mの糖香が精神的には対等な恋人という関係の延長線上で痛めつけて欲しい、Sの蝶子は精神的に追い詰めて屈服させたいという嗜好の違いがありながらも付きあい始めます。

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出典:

https://twitter.com/aoiyukiko/status/1341582794288349184?s=20

 二人は順風満帆なお付き合いをし、糖香の好みに合わせた関係を築く中で、ある日糖香は蝶子がその関係の形に満足しているのか、自分が自由にしてていいのか不安に思い蝶子に尋ねます。「私のどこがいいと思って一緒にいてくれるの」、蝶子が今まで付きあっていたタイプと自分が違うことへの不安からした問いかけに対して、蝶子は今までがそうだっただけでそれしか受け入れられないわけではない。糖香が自分の顔を好きなように、自分も糖香の肉体や造形が好みで傷つけたくなる、それが自分にとって価値があることだと伝えます。この先は是非実際に読んで確かめて欲しいのですが蝶子さんスパダリか~~~?!となりました。受け入れる包容力とあまりに自信に満ちた愛の伝え方が最高って感じです。

 

 対等に付き合うということ

  本作はSMという一致する人が少ない中でもさらに嗜好の違う二人のお話です。特に糖香は女性のみが対象でさらに関係の築き方も特殊ということから相手を探すことで悩んでおり、偶然で同じだと知った蝶子とすぐに関係を持ちました。その時は自分の条件をちゃんと伝えて、蝶子も自分の得意な関係とは違うけどいいかもしれないと糖香に合わせます。

 糖香にとっては自分の願望を満たしてくれる完璧な相手だけど、蝶子にとって自分はどうなのか、関係に満足しているのかという心配。自分がこだわりが強くそれで破局してきたからこそ、それを離したらこの関係が終わってしまうのではないかという不安。相性がいいからこそ踏み込むのは怖い、でも相手とも対等なお互いが満足できる関係でありたい。こういったことはSMに関わらず人間関係に共通することでもあると思います。人生を共にする、または同じ空間で過ごす場合なんかはある程度合わせたり妥協したりということはどうしても起こりますし。

 作中でも糖香は友人から合う合わないがはっきりしてる性癖だからこそ少し無理をしても関係を築いた方がいいのではというアドバイスを受け、それに対して糖香も「うん そう…だね」と理解を示しています。結果的には今まで通りの関係のままでしたが、糖香は自分も蝶子に合わせることを考えていたのではないでしょうか。一方蝶子も今の関係には満足しつつ抱えて隠している欲というものもあります。このお互いに相手が好きだからこそ関係を続けるための努力をしようとしているのが、素敵だなと思うのです。

 しかしこんなことを書いておいてなんですが、この作品の真骨頂は相談を受けた蝶子さんが言った「普通の人たちや過去のことなんてどうでもよくない?」から続くセリフだと感じていて愛は偉大だなと思う次第です。糖香視点で物語が進む中、蝶子にべたぼれしてるのはこれ以上ないくらいに分かりやすいのですが、蝶子もまた糖香を大好きだと思っているのが言葉だけでなく伝わってくるんですね。職場での距離感や、糖香の相談を受けている時にハートを飛ばしながら顔を近づけているのなんか自然体な可愛さであり蝶子もまた遠慮なく付き合っているんだなとわかります。こういった点はふたりべやでもよく感じることであり、流石雪子先生といったところ。そんな相思相愛な二人だから悩みもその答えにも読んでいて感情移入できたのだと思います。

 

ここスキポイント

 ここまで語ってきたストーリー部分もですが、SM描写だったりセリフだったりもすごい魅力的なんです。行為の際の糖香の表情、特に目の部分なんかは最高ですね。欲望を隠さない瞳なんて言われてましたが、まさに感情を映し出しているなと。セリフでは蝶子が述べた糖香の好きなところが衝撃を受けました、「全部傷つけたくなる」。『普通』な私には絶対思い浮かべない美点でした。他にはクールで理知的な蝶子さんがその気になった途端、遠慮のない行為に走り雰囲気が一変することや、逆に感情表現豊かな糖香が相手をする気のない人には感情を読ませない静かな表情をしているのとかそういった外向けの時のギャップも想像力が働かされて良いです。

 

 

 この作品はSMという上下関係が決まりやすい性癖の中でも対等な付き合いでありたいということと、相手に我慢させて自分は自由にしていていいのかという不平等な負担を与えている悩みが生まれるという面白いテーマの扱い方だったと思いました。他にもまだまだ好きな点はあるのですが、自分の文章で表現できないのと実際に読んで感じてほしいので是非読んでみてください。他の短編も異種族百合や客を野菜だと思っている元キャバ嬢、離れたいのに離れられない歪んだ内面を見せつけてくる幼馴染の話など登場人物の個性がしっかり立っていてエッジの効いたお話が多くて何度も読み返してくなる一冊でした。なんなら4ヶ月近くたった今私はブログを書いています。